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東京高等裁判所 昭和57年(ラ)780号 決定 1984年2月28日

抗告人

住宅・都市整備公団

右代表者総裁

志村清一

右抗告代理人

鵜澤晋

田口邦雄

横山茂晴

片岡廣榮

遠藤哲嗣

草野治彦

上野健二郎

外二名

相手方

島田俊之

外三〇名

主文

一  原決定を取り消す。

二  本件申立を却下する。

理由

第一抗告の趣旨

主文同旨

第二抗告の理由

別紙「抗告理由のまとめ」記載のとおり。

第三当裁判所の判断

一相手方らの本件文書提出命令の申立は、抗告人の所持する原決定別紙文書目録記載の各文書(以下「本件各文書」という。)につき、(一)本案訴訟である抗告人の公団住宅の家賃の増額請求の可否を判断するためには、家賃の設定・変更について定められた一定の方式(個別原価主義)の内容を把握することが必要であり、相手方ら各団地ごとの家賃収入の項目別明細及び家賃構成要素中経済事情の変動に最も影響を受ける公租公課の収入・支出が記載されている本件各文書をもつて家賃収入と変動要素をもつ必要経費の実態を証明することにより、家賃増額の要因の存在しないことを立証する、(二)仮に、公団住宅の家賃の増額の方式が相手方ら主張のとおりでないとしても、家賃増額の可否を判断するためには、当初の賃料の合意内容を含む賃貸人と賃借人間の一切の事情がしんしやくされるべきであり、特に、現実の家賃収入額(各構成要素ごと)及び公租公課の支出、状況は必ず考慮されるべきであつて、相手方ら各団地ごとの右に関する事実の記載された本件各文書により家賃増額の相当性のないことを立証するとし、抗告人は民事訴訟法第三一二条第三号の規定により、本件各文書を提出する義務があるとしてなされたものであり、原決定は、本件各文書を民事訴訟法第三一二条第三号後段所定の文書に該当するとし、その提出を命ずる必要性があるものと解して、抗告人にその提出を命じたものである。

ところで、民事訴訟法第三一四条第一項の規定による文書提出命令は、「文書提出ノ申立ヲ理由アリト認メタルトキ」において、その所持者に提出を命ずるものであるが、この場合の文書提出の申立、すなわち申立書の記載が適式であるためには、同法第三一三条の規定により同条各号掲記の事項が明らかにされるよう記載されていなければならないのであり、特に同条第二号掲記の「文書ノ趣旨」、すなわち当該文書の記載からみて当該文書が同条第四号掲記の「証スベキ事実」と関連があり、直接又は間接に証すべき事実を立証することができる可能性のあることが認められる記載がされていなければならない(裁判所にとつて当該文書の現実の記載内容が不明であるから、申立書の記載によつて判断するに過ぎない。)。このことは、同法第三一六条の規定により当事者が文書提出命令に従わない場合に裁判所が文書に関する相手方の主張(当該文書の記載内容)を真実と認めることができる制裁を課していて、裁判所は、成立の真正な当該文書が存在するものとして更に自由心証によつて要証事実が証明されたものとすることができることとしていることからも当然である。そして、申立書記載の同法第三一三条第二号掲記の「文書提出ノ義務ノ原因」、すなわち申立に係る文書が同法第三一二条所定の場合のいずれかの当該文書に該当することが認められ、かつ、文書提出を命ずる必要性があるときは、裁判所は、その文書の所持者に対し当該文書の提出を命ずることとなるのである。

この場合、文書の提出を命ずる必要性の有無については、専ら本案訴訟を審理する裁判所が訴訟の要証事実について当該文書による立証の必要性があるかどうかをすでに行われた証拠調の程度、結果等諸般の事情を考慮しその裁量により判断して決すべきものであるから、本件各文書の提出を命じた原決定に対する本件抗告の審理にあたつては、本件各文書の提出を命ずる必要性の有無については、これを審理の対象とすべきではなく、本件各文書の提出命令の申立の形式的適法性及び本件各文書が民事訴訟法第三一二条第三号に該当するか否かの点について判断すべきものと解される。

二本件関係者記録によれば、本件文書提出申立書の記載において、本件各文書の趣旨として相手方ら各団地ごとの家賃収入の項目別明細及び公租公課の収入・支出が記載されているとのみ記載され、立証事実として本件訴訟の家賃増額の要因又は増額の相当性の存在しないことを立証するものとしているところ、その記載の文書の趣旨と立証事実との間には抽象的には直接又は間接の関連性があるものともいえるけれども、文書の趣旨の記載としては、単に抽象的、不確定的に家賃収入の項目別明細及び公租公課の収入・支出が記載内容となつていると記載されているのみであつて、先にみたような要証事実との関連ないし同法第三一六条の規定との関係において要求される具体性及び一義性に欠けるものといわざるを得ず、この点において、本件文書提出の申立は、適法な申立とは認め難いので、却下を免がれない。

三しかのみならず、本件各文書は、以下に説示するとおり、同法第三一二条三号所定の場合の当該文書には該当しない。

民事訴訟法は、文書の提出について、証人義務と異なり、広く文書の所持者に対し、一般的な提出義務を課することなく、同法第三一二条各号所定の場合の当該文書に限りその提出義務を課している。それは、文書の所持者の有する文書に対する自由な処分権の保護ないし文書の不必要な部分の公開により被るおそれのある不利益の防止と文書の内容を訴訟上顕出するか否かの自由を所持人のみに与えるのが訴訟の実体的真実の発見の要請から必ずしも公平でないことの相反関係を調整する趣旨に出たものと解される。そして、同条第一号所定の場合には、当事者である文書の所持者が文書を引用してその主張の根拠としてこれを利用した以上、相手方当事者にも当該文書を所持当事者の主張の反証として利用させるのが公平であるがゆえに、同条第二号所定の場合には、挙証者が文書の所持者に対しその引渡又は閲覧を求める権利を有することにより挙証者にも当該文書の利用の権利があるとみられるがゆえに、また同条第三号所定の場合には、当該文書の作成について挙証者の密接なかかわり合いがあり、その記載内容について利害関係があつて、挙証者に必要な立証のためにその利用を認めるのが公平妥当であるがゆえに、それぞれ文書の所持者に文書提出の義務を課したものと解される。以上のような観点から考えると、同条第三号前段所定の「挙証者ノ利益ノ為ニ作成セラレ」たる文書とは、直接挙証者の法的地位若しくは権限を証明し又はこれを基礎づけるものであつて、かつ、挙証者の法的地位若しくは権限を証明し又は基礎づける目的をもつて作成された文書をいうものと解するのが相当であり、また、同条第三号後段所定の「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタル」文書とは、その記載内容において、挙証者と文書の所持者との法律関係(包括的な法律関係だけでなくその内容である個別的権利、義務関係を含む。)それ自体を記載した文書のみにとどまらず、その法律関係の発生、変更、消滅の基磯となり又はこれを裏付ける事項を記載した文書をも含むものと解すべきであるが、その作成について、前記のように挙証者のかかわり合いないし利害関係を要することに照らすと、文書の所持者が専ら自己使用の目的で作成し、したがつてその作成目的からいつて外部にこれを明らかにすることの意思されていない文書は、これに当たらないものと解するのが相当である。なお、抗告人は、同条第三号後段所定の「法律関係」とは当該訴訟の争点となつている「法律関係」に限るものであると主張するけれども、右にいう「法律関係」は、挙証者と文書の所持者との間の「法律関係」であれば足り、必ずしも直接当該訴訟の争点となつている法律関係に限られるものではないと解すべきである。けだし、文書提出義務の根拠となるのは、前記のように挙証者の当該文書の利用の権利又は挙証者と当該文書の作成及び記載内容とのかかわり合いないし利害関係に基づき挙証者に当該文書の利用を認めるのが相当なことによるものであつて、当該訴訟の争点との関連性に基づくものでないからである。もつとも文書提出の申立書の記載における「文書ノ趣旨」と「証スベキ事実」との関連性がなければならないことはいうまでもなく、その関連性があると認められる場合において申立書記載の立証事実と当該訴訟における争点ないしは立証を必要とする事項との関連性の有無、あるいは申立書記載の立証事実の立証の要否が提出命令の必要性の有無と関連して判断されるべきであることはいうまでもない。

三そして、本件各文書は、日本住宅公団法(以下「公団法」という。)第五五条、日本住宅公団の財務及び会計に関する省令(昭和三〇年八月一〇日建設省令第二〇号、以下「財務会計省令」という。)第二一条、日本住宅公団会計規程(昭和三一年二月一日住宅公団規程第四号、以下「会計規程」という。)第九〇条、日本住宅公団会計事務細則(昭和三五年五月三日住宅公団達第一三号、以下「会計事務細則」という。)第一四九条の各規定に基づいて作成されたものである(合計事務細則の報告様式をみると(収入分折表については報告様式第五号―六、公租公課収支書については報告様式第五号―一一)、収入分析表には、団地ごとの賃貸住宅の建設費用の償却額、地代相当額、土地借料、修繕費、管理事務費、損害保険料、公租公課、引当金等が、公租公課収支表には、団地ごとの計画収入、実際収入、支出決定済額等が記載されることになつており、本件各文書についても右のような事項が記載されているものと認められる。右のような本件各文書の記載内容は、日本住宅公団法施行規則(昭和三〇年八月二五日建設省令第二三号、以下「施行規則」という。)第九条所定の日本住宅公団(以下「公団」という。)が賃貸する住宅の家賃決定の基準となる事項にほぼ一致するものである。)。そして、公団法は、第五条の規定において、公団は定款をもつて、「業務及びその執行に関する事項」(同条第五号)、「会計に関する事項」(同発第九号)を規定しなければならないと定め、また、第四章において業務に関する事項を、第六章において財務及び会計に関する事項をそれぞれ区別して規定し、一方において業務に関する事項を定めた第四章中の第三二条の規定に基づき施行規則第三章において賃貸住宅の管理等の基準を定めるとともに(前記施行規則第九条の規定及び家賃の変更等について定めた第一〇条の規定もこれに含まれている。)、他方において財務及び会計に関する事項を定めた第六章中の第五五条の規定による委任に基づいて財務会計省令が定められ、その第二一条の規定に基づいて会計規程が定められ、更にその第九〇条の規定に基づいて会計事務細則が定められているのであるから、その第一四九条の規定に従つて作成された本件各文書が公団の財務会計処理の適正、明確化を目的として作成されたものであることは明らかである。もつとも、財務会計省令第二一条第二項の規定によると、「会計規程は、公団の事業の企業的な経営と予算の適正な実施に役立つように定めるものとする。」と定められているのであるから、会計規程に基づく会計事務細則の規定に従つて作成された本件各文書は、公団の業務の運営の適正化についての利用をも目的として作成されていたものと認めるのが相当である(ただし、それは公団の経営自体の適正化を目的とするものと解されるから、そのことから直ちに後記相手方らと抗告人との間の賃貸借関係の運用の適正化をも直接の目的としていたとまで解することはできない。)。

四前項で認定した本件各文書の作成目的及び記載内容によれば、本件各文書は、直接挙証者である相手方らの法的地位若しくは権限を証明し又はこれを基礎づけるものではなく、また、相手方らの法的地位若しくは権限を証明し又は基礎づける目的をもつて作成されたものということはできないから、民事訴訟法第三一二条第三号前段所定の文書に該当するものということはできない。

そこで、更に、本件各文書が同条同号後段所定の文書にあたるかどうかについて検討する。

1  相手方らがいずれも抗告人から住宅を賃借していることは当事者間に争いがないから、相手方らと抗告人との間に賃貸借という法律関係が存在し、また、右法律関係の内容である権利、義務関係として、抗告人は相手方らに対し賃料債権を有し、相手方らは抗告人に対し賃料支払義務を負うという関係が存在することは明らかである。

2  前記認定にかかる本件各文書の記載内容によれば、本件各文書は、相手方らと抗告人との間の包括的な法律関係である住宅の賃貸借の内容をなす、賃料債権ないし賃料支払義務について、その額を決定するのに基準となるべき費目を分析して記載した書面であるということはできる。

3  しかしながら、本件各文書の作成目的について更に検討してみると、本件各文書の作成については前記のような法令の規定にその根拠を有するものであるが、直接には公団の内部的な定めである会計事務細則の規定により作成を義務づけられたものであり、右規定及び公団法第四七条、財務会計省令第一五条、第一六条、会計規程第八七条、第八八条の各規定によれば、本件各文書は、公団が公団法第四七条の規定により建設大臣の承認を受けるために提出すべき毎事業年度の財産目録、貸借対照表及び損益計算書を総裁が作成するのに必要な資料として計理主務者が作成し、上司の決裁を得たうえで総裁に提出する書類の一部であると認められる。したがつて本件各文書は、公団の内部的な規定により内部的な資料として用いるため作成されたものであり、公団が自己使用の目的で作成した内部的な文書であつて、その作成について相手方との何らのかゝわり合いもないものというべきであるから、民事訴訟法第三一二条第三号後段所定の場合の当該文書にもあたらないというべきである。

五以上によれば、本件文書提出の申立は、民事訴訟法第三一三条の規定に違背する不適式なものであるのみならず、本件各文書は同法第三一二条第三号所定の場合のいずれの当該文書にも該当しないから、その提出命令の申立は理由がなく、これを認容した原決定は失当であるから、これを取り消して本件文書提出命令の申立を却下することとし、主文のとおり決定する。

(香川保一 越山安久 村上敬一)

抗告理由のまとめ

一、民事訴訟法第三一二条の法意

およそ弁論主義を基調とする現行民事訴訟法の下において、当事者が自己の手元にある資料を証拠として提出するか否かは原則として当事者の自由であり、文書についても、これを法廷に提出して当該文書を相手方ひいては一般公衆の了知するところとさせるか否かの処分権は、一般的には右文書の所持者に専属するところ、民事訴訟法第三一二条は右原則に対する例外として、挙証者と所持者とがその文章について同条所定の特別な関係を有するときに限定して、挙証者の利益のため、当該文書の所持者の右処分権に掣肘を加えようとするものである(大阪高決昭和五四年九月五日判例時報九四九号六八頁、東京高決昭和五四年三月一九日判例時報九二七号一九四頁、東京高決昭和五三年五月二六日判例時報八九四号六六頁参照)。即ち、同条は文書を限定して弁論主義の原則に対する例外を定めた規定であるから、同条三号前段・後段の解釈適用に際しては、弁論主義の原則が骨抜きにされることのないよう留意すべきは当然であつて、これを限定的に解するのが裁判例上の伝統的見解である。

二、民事訴訟法第三一二条第三号前段文書の意義

かかる見解に立つて、同条第三号前段の文書(以下「利益文書」という。)については、挙証者の法的地位や権限を直接証明し、又はこれを基礎づける目的で作成された文書を指し、かつ、文書作成の時点で既に利益についての主体が特定されていることを要すると厳格に解されている(前掲大阪高決昭和五三年九月二二日参照)。

三、民事訴訟法第三一二条第三号後段文書の意義

1 「法律関係」の意義

民事訴訟法第三一二条の前記法意に照らせば、同条第三号後段の「法律関係」とは「本案訴訟において争点となつている法律関係」を指称すると解すべきであつて、これを本件本案訴訟たる家賃増額請求権の存否という法律関係である。

2 「法律関係」と「文書」との関連性の判断基準

民事訴訟法第三一二条第三号後段の「法律関係ニ付作成セラレタル」文書(以下「法律関係文書」という。)の意義を解釈するに当たつては、「法律関係」と「文書」との関連性をいかなる基準で捉えるかが問題であるが、この点に関する裁判例については、講学上、関連説、構成要件説、形成過程説、当事者関与説等に大別されているところである(松山恒昭「賃金台帳と文書提出命令と許否」民事判例実務研究第二巻二二五頁以下参照)。

(一) 関連説

関連説は、「法律関係文書」とは、挙証者と文書の所持者との法律関係に関連がある事項が記載されている文書をいうとした上で、自己使用文書を除外する見解であるが、この見解については「法律関係文書」が当事者間の法律関係に何らかの意味で関係あるもの一般を指称するものと解すると、文書提出義務を一般義務として解することに帰着し、民事訴訟法第三一二条が文書を限定し文書提出義務を特定義務とした趣旨に反する結果となるので、当事者間に作成された申込書や承諾書等当該法律関係に相当密接な関係を有する事項を記載したものに限定すべきであると解されているが(前掲大阪高決昭和五四年九月五日、松山・前掲論文二四一頁、時岡泰「文書提出命令の範囲」別冊ジュリスト・民事訴訟法の争点二一二頁以下等参照)、この場合でも「相当密接」の意義は必ずしも明確ではない。

(二) 構成要件説

構成要件説は、文書の記載事項と法律関係との関連性を当該法律関係の構成要件事実の全部又は一部が記載されているかどうかによつて判断しようとする見解であるが、形式的な構成要件のみを判断の基準とすれば、「法律関係文書」を極めて広範囲に認めることとなり、民事訴訟法第三一二条が文書を限定した趣旨に反する結果となるので(松山・前掲論文二四三頁以下参照)、同条第三号後段の規定の意義を目的的に解し、「法律関係に「付き」作成されたものであるとの文言からすれば、特定の法律関係の「ために」作成されたもの、即ち当該文書が挙証者と所持者との法律関係の発生、変更、消滅等を規制する目的のもとに作成されたものに限られず、このような法律関係の発生、変更、消滅の基礎となり又はこれを裏付ける事項を明らかにするために作成された場合もこれに含まれるが、他方所持者又は作成者の内部的事情から専らその者の自己使用の目的で作成されたのにすぎないものはこれに該らない」(東京高決昭和五三年一一月二一日判例時報九一四号五八頁。他に大阪地判昭和五四年五月一八日判例時報九四五号九一頁も同旨)と解している。

(三) 形成過程説

形成過程説は、主として行政訴訟における行政手続過程に関して作成された文書の提出命令の許否をめぐつて主張されたものであつて、「法律関係文書」とは法律関係の生成過程で作成された文書をいうとする見解であるが、この見解に対しては、適正手続が問題とされている行政訴訟における場合等は格別、通常の民事事件において広くこれを認めることは現行法民事訴訟法が文書の限定を通じて文書所持者と挙証者との利害を調整しようとする趣旨に悖り、提出命令を求めうる文書の範囲を際限なく拡大することとなるので許されないと批判されている(前掲大阪高決昭和五三年九月二二日参照)。なお、形成過程説においても自己使用文書は「法律関係文書」に当たらないとされている。

(四) 当事者関与説

当事者関与説は、「法律関係文書」の意義を挙証者と文書所持者の間の法的地位を基礎づけるものとして、右両者間の直接又は間接の関与によつて作成されたものをいうと解する見解である(東京高決昭和四七年五月二二日判例時報六六八号一九八頁参照)。

なお、この見解によつても、自己使用文書は「法律関係文書」から除外されることになると解される。

3 自己使用文書

右に述べた如く、自己使用文書はいずれの説によつても「法律関係文書」から除外されるのであるから、この点につき、本件事件の参考になる裁判例としては、前掲東京高決昭和五一年六月三〇日(判例時報八二九号五三頁)がある。右事件の本案訴訟は、漁業権消滅による補償金の配分に関するものであるが、漁業協同組合員が組合に対して組合の会計帳簿類の文書提出を求めたのに対し、東京高等裁判所は次の如く判示してその提出義務を認めなかつたのである。

「民事紛争が経済的活動者の会計処理に端を発しているような場合には、これら会計帳簿類は、争いの基礎を明確にするものとして通常の証拠資料に比して優るとも劣らない証拠価値を有する極めて有用なものであることは、多言を要しないところであり、訴訟の実際では、これが証拠資料として任意提出されることは極めて望ましいことであろう。

しかし、水産業協同組合たる抗告人が、右文書を提出すべき義務があるかどうかは別個の問題であるから、これを検討すると、……結局組合員から組合に対する一般的な会計帳簿閲覧権は法律上認められていないといわなければならない。……したがつて、本件目録二1314、同三の各文書(注・会計帳簿類)については、文書所持者にその提出義務が認められない。」

四、本件各文書の性格

1 本件各文書の作成目的

本件各文書は、既に述べた如く、日本住宅公団の財務及び会計事務処理のための内部準則たる同公団会計事務細則第一四九条に基づき同公団の財務及び会計処理という専ら同公団の内部事務処理のために作成された文書であるから、純然たる自己使用文書である。

2 本件各文書の「利益文書」非該当性

したがつて、本件各文書は、「相手方らの法的地位や権限を直接証明し、又はこれを基礎づける目的で作成された文書」ではなく、本件各文書が「利益文書に」該当しないことは明らかである。

3 本件各文書の「法律関係文書」非該当性

次に、本件各文書が「法律関係文書」に該当するか否かを検討するに、

(一) 本件各文書は「(当初)賃料の構成費目を分析して記載したものである」(原決定理由三、2)というのであるから、客観的経済事情の変動の存在及びそれに照らした家賃増額の限度を裏付ける数値を記載したものではなく、したがつて家賃増額請求権の存否という本件本案訴訟の争点たる法律関係との密接関連性を認める余地のないものであるから、関連説のいう「法律関係文書」に該当しないことは明らかである。

(二) また、本件各文書は、借家法第七条第一項の構成要件事実である客観的経済事情の変動の存在及びそれに照らした家賃増額の限度を裏付ける数値を記載したものでないこと前記のとおりであるから、構成要件説による「法律関係文書」にも該当しないものである。

(三) さらに、本件各文書は、家賃増額請求権の存在という法律関係の生成過程で作成された文書でもないから、形成過程説による「法律関係文書」にも該当しないものである。なお、形成過程説は適正手続が問題とされている行政訴訟等において適用のある見解であること前記のとおりであるところ、本件本案の訴訟において日本住宅公団の業務処理の適否が問題とされるわけではないのであるから、もともと形成過程説は本件に適用する全地がない。

(四) 最後に、本件各文書の作成について相手方らは直接的にも間接的にも関与していないから、本件各文書は当事者関与説による「法律関係文書」にも該当しないことは明らかである。

4 本件各文書の性格

以上で明らかなとおり本件各文書は「利益文書」に該当しないことはもとより、関連説、構成要件説、形成過程説、当事者関与説のいずれの立場からいう「法律関係文書」にも該当しないものである。

ちなみに、本件本案訴訟は同公団の内部的業務処理の適正の有無に端を発したものでもない。したがつて、本件各文書は民事訴訟法第三一二条第三号による文書提出命令の対象となり得ないものであることは明らかである。

五、原決定の判断の誤り

しかるに、原決定は本件各文書を「法律関係文書」に該当すると判断したのであるが、右結論に至る過程において多くの誤りを犯している。

1 民事訴訟法第三一二条第三号後段の「法律関係」の解釈に関する原決定の誤り

(一) まず、原決定は、民事訴訟法第三一二条第三号後段の「法律関係」を抗告人公団と相手方らとの間の「賃貸借契約という法律関係」として捉えたのであるが(原決定理由二)、既にこの点において、原決定は同条の解釈適用を誤つたものである。即ち、同条の法意は訴訟における争点解明であるから、同条第三号後段の「法律関係」とは争点たる法律関係を指称とすべきこと前記のとおりであるところ(三、1参照)、抗告人公団と相手方らとの間に「賃貸借契約という法律関係」が存することについては当事者間に争いがなく、右契約は本件本案訴訟における争点たる法律関係ではないからである。

原決定は、本件各文書は「賃貸借契約という法律関係の構成要件たる賃料の構成費目を分析して記載したものである」から「法律関係文書」に該当すると述べて「法律関係」と「文書」との関連性を判断する基準として前掲構成要件説に従つた判断をした如くにも解しうるのであるが、構成要件説適用の前提となる「法律関係」の捉え方自体において既に誤つたのである。

(二) さらに、構成要件説を適用する場合においても当該文書の作成目的をも併せて検討すべきであるとされていること前掲東京高決昭和五三年一一月二一日及び大阪地決昭和五四年五月一八日判例時報九四五号九一頁等の説示するとおりであるところ、原決定は次に述べる如く本件各文書の作成目的に関する判断を誤つたのであるから、この点からみても原決定の判断は誤つている。

2 本件各文書の作成経緯・作成目的に関する原決定の判断の誤り

原決定は、抗告人公団と相手方らの間に「賃貸借契約という法律関係」が存するとした上で本件各文書の作成経緯及び作成目的につき、公団住宅の将来の家賃変更に予め備えその「変更の必要性の有無」、「必要となる変更の程度の判断の資料」とする目的をも含めて作成されているから本件各文書は賃貸借という「法律関係の処理の一過程において作成され」たものであり、また抗告人公団と相手方らとの「法律関係と相当程度密接な関連性を有する」と判断したのであるが、本件各文書は日本住宅公団の財務及び会計事務処理のための内部準則たる同公団会計事務細則に基づき作成された内部的会計文書であるから、原決定が解した如き業務運営上の目的をもつて作成されたことはありえないことであつて(公団住宅の賃貸等の管理については別途業務方法書なる準則があり、会計事務細則の所管する事項ではない。)、本件各文書の作成経緯及び作成目的に関する原決定の右判断は、同公団の内部準則を含む同公団諸規程体系に対する正当な理解を欠いたためになされた誤つた判断である。

また、原決定の右判断は、借家法第七条の解釈を誤り、家賃増額請求をするに当たつて当初家賃をその構成費目毎に分析して検討する必要があるかの如く誤解したためでもあつて、この点でも原決定の右判断は誤つている。借家法第七条は、事情変更の原則の一発現であつて、当初家賃決定後の客観的経済事情の変動により当初家賃が不相当に低額となつた場合、当初家賃を右客観的経済事情の変動に適合せしめ、もつて当事者間の公平を回復せしめる趣旨の規定であつて、家賃増額請求をすべきか否かの判断に際して当初家賃をその構成項目毎に分析して検討する必要は全く存しないからである(借家法第七条に基づく客観的相当家賃額の算定手法として利回り法、スライド法等があり、そのいずれの手法においても当初家賃を構成項目毎に分析して検討する必要がない。)

原決定のいう「変更の必要性」「必要となる変更の程度」などにおける「変更の必要」とは、日本住宅公団の業務上の必要性という主観的な事情を指すものであつて、借家法第七条に基づく家賃変更事由である客観的な経済事情の変更とは別個のものであり、原決定は両者を混同したもので誤つている。

以上のとおりであるから、本件各文書は、原決定が解した如き「法律関係の処理の一過程において作成され」、「法律関係と相当程度密接な関連性を有する」文書でないことは明らかである。

3 原決定における利益較量の誤り

さらに原決定は、「法律関係文書」に該るか否かの判断に当たつては当該文書の証拠として重要性と文書提出によつて相手方(抗告人公団)の被る不利益を比較較量することが相当であるとも述べているのであるが、

(一) 同条の適用に際してのかかる利益較量論的見解は、特段の不利益がなければ文書を提出すべしというに等しく、かくては文書提出義務を一般義務と解することに帰着し、民事訴訟法第三一二条が文書を限定した趣旨に悖り、提出命令を認め得る文書の範囲を際限なく拡大することとなるから、原決定の利益較量的見解が失当であることは明らかである(原決定は、「真実の発見」を強調するが、「真実の発見」も民事訴訟の基本的構造である証拠の収集、提出に関する弁論主義の枠内でのみ認められるべきものである。)。

(二) また、仮に利益較量をするとしても、借家法第七条に基づく家賃増額訴訟において「(当初)賃料の構成費目を分析した」という本件各文書は客観的経済事情の変動の有無を示す数値を記載したものではないから、本件本案訴訟において問題とされる「真実の発見」に何ら資するものではなく、相手方らの反証としての必要性ないし重要性がないことは縷々述べたとおりであり(なお、借家法第七条に基づく客観的相当家賃額判定に当たつて必要諸経費の取扱いについては、抗告人公団の昭和五八年四月四日付抗告理由補充書(その三)参照)、相手方らにとつて本件各文書提出による利益は全く考えられない。

なお、相手方らは「個別原価主義」なる独自の見解を前提として「公団住宅の家賃増額に当たつては土地・建物価額の上昇は家賃増額事由となり得ないから抗告人公団は維持管理費の現実の不足額を主張・立証すべきである」旨主張して本件文書提出命令申立に及んだのであるが、相手方らの右訴訟行為は、抗告人公団において主張せず、立証しようとしない事項について抗告人公団に立証を強制しようとするものであり、民事訴訟における主張・立証責任配分の原則を無視するものであるから、到底正当な反証活動といえるものではない。

なおまた、相手方らが抗告人公団主張の客観的相当家賃額を争うのであれば、その点に関する鑑定申請ないし鑑定評価書の提出をもつてすれば足りるのであつて、ことさら日本住宅公団の内部会計文書であることの明らかな本件各文書の提出を求める必要性はないのである。しかるに相手方らが本件文書提出命令申立に及んだのは、反証に藉口して公団住宅の建設原価等を明らかにせしめ、もつて相手方らの活動母体である全国公団住宅自治会協議会において、抗告人公団の経営に介入する手掛りを得ることを意図したものと思われてもやむを得ないものである。

六、結論

以上のとおり、本件各文書は日本住宅公団の内部的会計文書であつて自己使用文書であるから、それが「利益文書」、「法律関係文書」のいずれにも該当しないことは明らかである。

しかるに原決定がこれを「法律関係文書」に該当すると判断したのは「(当初)賃料の構成費目を分析して記載した」数値が本件本案訴訟における争点たる法律関係の構成要件事実を示すと判断したものと解さざるを得ないのであるが、本件本案訴訟は借家法第七条第一項を法的根拠とする家賃増額訴訟であるところ、「(当初)賃料の構成費目を分析して記載した」数値が借家法第七条第一項の構成要件事実である客観的経済事情の変動を示すものでないことは明らかであるから、結局原決定は、本件本案訴訟の基本的争点の認識を誤り、ひいては民事訴訟法第三一二条後段の適用を誤つたものというほかはないのである。

よつて抗告人公団は、御庁に対し、速やかに抗告の趣旨記載の裁判をされるよう求める次第である。

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